中国3000年の旅
海外旅行の場合、千歳から羽田に行ってさらに成田経由で国外に行くというのは、それだけで疲れ果ててしまうが千歳から直接海外に行くというのは想像以上に楽なものだ。
いつか中国を見たいと思っていたところ千歳発着で三泊四日のツァーがあり、しかも以前から興味のあった万里の長城と水墨画の世界である桂林、それに秦の始皇帝の兵馬俑を訪ねるという内容バッチリの超豪華三点セットのツァーで、反射的に参加を申し込む。
今回参加者は24名となったが、そのうち私ともう一人が単身参加である。
4月9日午後2時近くに中国国際航空便で千歳から北京に向けて出発し、約3時間ほどのフライトで到着した。
北京空港では働く男女の大半が若者であり、特に働く若い女性が行く先々で男性と同じくらいの比率に見え意外な感じを受ける。聞くと中国は男女の平等権は日本以上に強いそうで空港に限らずどの都市どの職場でも同じであった。
また中国のトイレと言えばトイレにドアがないとか、小さな水の流れの側溝に並んでまたがり、各自用を足すといったような伝説的トイレ事情があったはず。
しかし空港のトイレはTOTO製で手洗いはオートで水が出てくるといった具合のピカピカの最新型で、どうも数年前まで抱いていた中国に対するトイレイメージがのっけから崩れてしまった。
*カー.ぺッ
西安では新築でかなりの豪華ホテルに一泊した。
翌朝ホテルの一階にある食堂で朝食をとるべく、7階でエレベーターを待っていると左手にある階段を人が昇ってくる足音が聞こえ、もうすぐ顔を出すといった近くまで来たところ、突然カーッという音に続いてペッという音とともにそれが床に吐き出された音が聞こえた。
一体どこの誰がとんでもない汚いことをよりによってホテル内でしやがってと見ていると、顔を見せたのはなんとそのホテルの従業員だったのには思わずのけぞってしまった。
その男性従業員は顔を合わせた途端、一瞬しまったというバツの悪そうな顔をしたもののすぐに何事もなかったような顔で平然と目の前を通り過ぎて行った。
このカー.ぺッは中国人の癖らしく、人が集まっているところでは必ずと言っていいほど誰かがやっている。
ところ構わず痰を吐き捨てるこの癖は北京オリンピック時、国から厳重な禁止令が出たほどで中国として自覚している有名な悪癖らしい。
吐き出す場所は植え込みの陰などが多いから、公園なんかで日差しを避けて木陰でゴロリと寝そべったリなどすると大変なことになるのだ。
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豪華ホテルでも従業員のマナーは? |
*スモッグ
中国は北京、西安、桂林をまわったがどの都市でも晴れているのだが空が何故かどんよりしていて、しかも空気が体にまとわりつくような濃密な重さを感じる。
ツァーの中国側添乗員に聞くと、これはコビ砂漠の砂塵が風に乗って空を覆っているせいだとの説明を受けたが、多分それだけではなく昭和30年代の日本がそうだったように、工場などから垂れ流しで出る排煙などが光化学スモッグとなっているように思える。
バスで都市間を移動するのだが、視界には建築中の高層ビルそしてクレーン、重機があちこちで驚くほど稼働していて、まさしく最も勢いのある国だなぁと実感させられ高度成長期だったころの日本の姿を彷彿とさせられる。
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いたるところ高層ビル建築ラッシュ |
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建築物はマンションが多い |
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ビルは近代的なデザインが多い |
*臭いものには蓋
最終日北京市内の旧市街を観光した。
そこは昔から手つかずの古い民家と崩れかけの塀に狭い路地が行き交いなんとなくオシッコの匂いさえ漂う街並みで、急速に近代化に変貌する北京の一部とはとても思えない昔の中国があった。
しかし近代化の波はこの街にも押し寄せていて、近々取り払われる運命にあるとのこと。
国民は土地を個人で買うことができない。なぜなら土地は全て国のもので国民は借地権を得て住居を建てるのだ。
したがって立ち退きは国からのほぼ一方的な強制であるらしく、居住権などというのはこの国ではまったく通用しないのだ。
なお北京オリンピック時は、この街並みを高い塀で完全に覆い尽くし、外国人から完全に隔離していた。
*漢字
中国人の92%は漢民族である。したがって文字も全て漢字が使われていて、個人的見解であるが使われている漢字の約7割くらいが日本で使われている漢字と同じで、平仮名が使われていない分だけ日本との違いがある。
大学、銀行、警察、石油、酒店、商店、保険、医院、石油など目についただけでも普通にある。
漢字は中国から伝わったので当たり前といえば当たり前であるが、それにしても字は同じでも発音が似ても似使わないほどまったく違うというのは何か不思議な気がする。
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標識も漢字 |
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パトカーにも警察の文字 |
*天安門広場
40万㎡の広さがあり一周すると30分はかかるらしいが、中国各地の田舎から多数の団体が観光に来ていてどれも同じような制服(作業服、ジャージ)なので、各団体が迷子にならないように遠くからでも見分けがつくように帽子を日本の小中学生の運動会のように白とか赤とかに統一していたのがおかしかった。
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中国各地から団体で観光 |
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通勤はバイクが多いが ヘルメットなし |
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朝食は外食が多いらしい |
*万里の長城
長城は中国各地からの観光客で驚くほど賑わっていた。
長城の上まではロープウェイで行くのであるが、ついた先の長城の通路はゆるい傾斜が付いていて数メートル歩くだけでも大変で息が上がる。
その昔、敵が攻めてきたらそこまで駆けつけて応戦するのであるが、移動するだけで疲れ果ててしまい、実際には物の役に立たたない見かけ倒しだけだったような気がする。
それにしても遥か山なみの彼方まで続いている長城は壮観そのもので、宇宙から見える地上で唯一の建造物というのも頷ける。
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頂上は観光客で大賑わい |
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山の尾根伝いにどこまでも続く |
*水墨画の世界
桂林という名の由来は、秋になると街中にキンモクセイの花が咲くことからこの花の名前をとって名付けられた。桂林では川を下りながら両岸から遥かに連なる奇岩を楽しんでいくのであるが、この景観にどんよりとした霧状のモヤがかかって水墨画のように見える。
奇岩は3億年前海底の石灰岩が隆起し、長い年月で風雨に浸食されて出来上がったもので川下りとともに飽きることなく変化していくのである。
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川を下りながら水墨画の世界に浸る |
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景色は千変万化していく |
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桂林山水甲天下の景観 |
*兵馬俑
西安は昔長安と呼ばれ秦、漢、隋、唐などの都でシルクロードの出発地として有名な所だ。
西安市郊外にある兵馬俑抗博物館は、約40年ほど前に中国史上最大の権力を誇った秦始皇帝陵の近くで農民が井戸を掘っていて偶然発見し、そのまま屋根をつけて博物館にしたもので展示されている6000体を越える膨大な数の兵馬俑に圧倒される。
また博物館近くにある始皇帝陵には始皇帝が死後も変わらぬ暮らしができるよう、壮大な地下宮殿が建造されたとのこと。
宮殿は発掘調査されていないが、兵馬俑の規模からいって想像を超える豪華さだと思う。
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青銅製の馬車 粉々に砕けていたものを復元したもの |
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陶製の武士像が発掘されたまま並べられている |
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実物大で服装や装備など一体一体異なる |
中国人の顔つきは一目でそれと分かる人もいるが、大半は日本人と見分けがつかず口から出てくる中国語で判別できるほどだ。
多分我々の祖先を辿っていけば大部分が中国に行きつくのだろうと思う。
また中国は(台湾も中国の一部とすれば!)唯一共通の漢字を使う世界で最も日本に近い民族であるが、歴史的な過去に加え主義思想が異なるということもあって距離は近い国だが相当遠い国でもある。
ただし中国は限りなく広く魅力的な地域は限りなく沢山あるので、また機会があれば訪れたいと思っている。
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